院生と物理学と+α

大学院生(専攻は相対論と量子情報)が学んだこととかつらつら書いていきます

Lorentz多様体における距離

今回はこれから必要となる概念の定義ばっかりで正直あんまり面白くないです。

Lorentz多様体は擬Riemann多様体なので、距離関数も通常の正定値計量のRiemann幾何のものとは異なります。

まず区分的に滑らかな因果的曲線$\gamma(t)$の区間$t\in[a,t]$の弧長$L(t)$を

$L(\gamma)[t]\equiv \int^{t}_{a}||{\dot \gamma}||dt=\int^{t}_{a}\sqrt{-g({\dot \gamma},{\dot \gamma})}dt$

で定義します。

これを使ってLorentz多様体における"距離"(時間間隔)は次のように定義されます。

[定義:Lorentz多様体における距離]

$C(p,q)$を2点$ p,q \in M $を結ぶ全ての区分的に滑らかな因果的曲線全体の集合とする。

2点$p,q$間の距離$d : M \times M \rightarrow {\mathbb R} \cup \infty$は、

1. $ q \in I^{+}(p) $のとき、$d(p,q)\equiv \sup\{L(\gamma) : \gamma \in C(p,q)\}$

2. $ p,q \in M $が因果的関係を持たない場合、$d(p,q)=0$

で定義する。

[補足]

・$q\in I^{+}(p)(q\neq p)$であれば、$d(p,q) >0$ 

・$q\in E^{+}(p)=J^{+}(p) \backslash I^{+}(p)$であれば、$d(p,q)=0$

・$ \gamma : [0,\infty) \ni t \rightarrow M $が未来向き完備な時間的測地線のとき、

$\displaystyle \lim_{t \rightarrow \infty} d(\gamma(0),\gamma(t)) = \infty$

Lorentz計量の場合、距離に対して成り立つのは次の"逆"三角不等式になります。

(逆三角不等式)

$d(p,r)\geq d(p,q)+d(q,r)$


(ここで、$ p< q < r $の順で未来の点を表す。)

・この不等式から、距離に上限が存在しないので、連結領域内の2点$ p,q\in M $に対して$d(p,q)=\infty$となることもあり得る。

・有名な双子のパラドックスでは、$d(p,r)$が地球に留まる弟の時間、$d(p,q)+d(q,r)$が宇宙に出て点$ q $で折り返して帰ってくる兄の時間に対応する。

次に最長因果的曲線について定義します。

[定義:最長因果的曲線]

点$ p $と$ q\in I^{+}(p)$を結ぶ未来向きの因果的曲線が最大長であるとは、$L(\gamma)=d(p,q)$となることをいう。

Lorentz多様体では、どのような状況で2点間の距離が最長になるのか、そもそも最大値が存在するのかは全く自明ではありません。

そこでそれらを議論するために大域的双曲性(global hyperbolicity)なるものを定義します。

[定義:大域的双曲性]

$(M,g_{ab})$が大域的双曲であるとは、$ M $上で強い因果律条件が満たされ、任意の2点$ p,q\in M $に対し$J^{+}(p)\cap J^{-}(q)$がコンパクトで$ M $内に含まれていることをいう。

ここで出てくる強い因果条件(strong causality condition)とは、

時空$(M,g_{ab})$において、$ M $の任意の点$ p \in M $とその近傍系$O_{p}$を考えたとき、任意の$O_{p}$に対してその部分集合$V_{p} \subset O_{p}$として$V_{p}$を2度以上通過するような因果的曲線をもたないものが必ず存在することをいいます。

なぜこんないかにもめんどくさそうな条件を考えるのか・・・
例えば厳密解であるKerr解やTaub-NUT解では因果律の破れが起こり、大域的に未来と過去が定まらない物理的に好ましくない状況が起こります。(一般相対論自体は理論自体に因果律の破れを防ぐ原理を持っていません)

そこで因果律を守るため、通常閉じた時間的曲線(closed timelike curve 略してCTC)が存在しないとする時間的順序条件(chronology condition)や、閉じた因果的曲線(closed causal curve)が存在しないとする因果的順序条件(causality condition)を条件として課します。

まあこれで良さそうではあるのですが、実は最大拡張されたKerr時空のCauchy地平面の奥では、因果律が破れた領域が地平面で隠されていたとしても摂動を加えるとあらわになる可能性があります。

そのような状況を排除するためにこの強い因果律条件が課されます。

大域的双曲性は特異点定理の証明で非常に重要な概念で一回で書ききることができそうにないので、次回以降に時間をかけて書きたいと思います。