院生と物理学と+α

大学院生(専攻は相対論と量子情報)が学んだこととかつらつら書いていきます

特異点定理(singularity theorem)の紹介

最初に一般相対論の最も重要でかつ最も美しい(と僕がおもう)定理の一つ、
特異点定理(singularity theorem)
を紹介したいと思います。
Roger Penroseと車椅子の物理学者として有名なStephen Hawkingにより証明されたので「Penrose-Hawkingの特異点定理」と書かれていることも多いです。

まずいきなり結論からですが、この定理のステイトメントは次の通りです。


[特異点定理(1970)]
時空{ \displaystyle (M,g_{ab})}が次の4つの条件を満たすとする。
(1)任意のspacelikeでないベクトル{\displaystyle v^{a}}に対し、{\displaystyle R_{ab}v^{a}v^{b}\geqq0 } (強いエネルギー条件)
(2)null&timelike generic conditionが満たされている。
(3)閉じたtimelike曲線が存在しない。
(4)次の3条件のうち少なくとも一つを満たす。
(4-a){\displaystyle (M,g_{ab})}はedgeのないcompact achronal setを持つ。
(4-b){\displaystyle (M,g_{ab})}は捕獲面を持つ。
(4-c)次のような点{\displaystyle p\in M}が存在する。
{\displaystyle p}から出た未来向き(過去向き)null測地線の膨張率がこの測地線束の各測地線に沿って負である。

このとき時空{\displaystyle (M,g_{ab})}は少なくとも一つ完備でないtimelike又はnull測地線を有する。



多分学部で一般相対論を勉強しましたという人でもこの定理の意味を理解できる人は少ないと思います。というか単語の意味さえ全くわからなくてえ?これ物理なの??って人が殆どかと思います。(少なくとも学部4年のときの僕はそうでした)
というのも、一般相対論における時空の構造に関する内容は講義等で扱うには

①数学的で難しい
②やってる時間がない(もっと他にやるべきことがある)
(あくまで個人の感想です)

①はそのまんまで、この手の内容を扱うには数学の、特に微分幾何、位相幾何が必須で、物理系の人間には荷が重い。
実際上の定理を証明したPenroseは物理学者というより数学者ですし、Hawkingも所属する研究室は数学科です(ってどっかで聞いた)
②は、そもそも一般相対論が必要な人間って物理系の中でもほんの一部ですし、量子力学とかの方が大事だと思われている。

というわけでぶっちゃけ物理の中でもかなりオタッキーな分野なので当然かと思います。(実際研究室の先輩にも相対論マニアしかやらないと言われた)

とりあえずこの定理の意味を一言で言えば、
「一般相対論の範疇では、現実的な世界において特異点が必ず発生する」
になります。

特異点というのは、シュワルツシルト解などに登場する、曲率が発散する点です。
・・・というのはあんまり正しくなく、特異点にもいっぱい種類があってややこしいのですが、上の定理ではステイトメントの最後、「完備でないtimelike又はnull測地線を有する」というところに"時空特異点"が現れています。



[定義:時空特異点]

有限なアフィンパラメータの長さをもつ全ての測地線が延長可能であるような時空を測地的完備(g-completeness)といい、完備でない測地線が存在する時空は特異点を持つと言う。




これが時空特異点の定義です。

かみ砕いて言えば、測地線が途中で途切れていてその先に延ばすことができないという点です。


アインシュタイン方程式は解析的に解くのが非常に難しく、厳密解を得るにはしばし現実的でない対称性を課します。
例えばシュワルツシルト解は、真空で静的かつ球対称という強い対称性を課して得られる解です。
対称性を課して得られた解、例えばブラックホールやビッグバン宇宙では特異点が発生します。
特異点というのは既存の物理法則が適用できなくなるので現実にはあってほしくないものです。
なので、このような特異点は強い対称性を課したから出てきたものであって、現実世界には現れないものだと考えられていたそうです。

しかしこの定理の凄いところは、そんな対称性等なくても、もっというとアインシュタイン方程式を解かなくても、現実世界では"必ず"特異点が出現するというかなり強力な主張をしています。(定理の4つの条件は、現実的な世界では普通成り立っているものです。)
つまり、一般相対論はそれ自体が理論の破綻を予測するということです。

現在は量子効果でそのような特異点は発生しなくなるのでは?と考えて量子重力理論を構成しようと物理学者が頑張ってます。(多分)

この定理の厳密な証明は、正直言ってめっちゃ大変です。というか道のりが長い。証明をそらでできる人はマジで尊敬する。
証明はHawking本人の著書、Hawking&Ellis "The large scale structure of space-time"に載ってますがこの本自体ほぼ数学書で、覚悟を持って読まないと絶対挫折するし、これを読み切ったという人を学生では殆ど聞いたことがないです。何を隠そう僕自身まだ読み終わってないです。読み始めた人は自分が物理やってるのか数学やってるのか分からなくなること必至。

あとコメントとして、特異点定理と一言で言っても実は上の特異点定理は一番適用範囲が広いもので、条件を狭めたものが複数あります。
例えば膨張宇宙やブラックホールに限ったバージョンなどもあります。

今回はとりあえず紹介だけでしたが次回はこの定理を4つの条件が現実世界の何に対応してるのかを説明できたらと思います。

まだ僕自身勉強中なので間違い等ありましたら指摘していただけると助かります。
では。