院生と物理学と+α

大学院生(専攻は相対論と量子情報)が学んだこととかつらつら書いていきます

大域的双曲性(global hyperbolicity)

前回の続きで今回は相対論の概念の中でも特に重要な大域的双曲性について書きたいと思います。
ただその為に新たに導入しなければならない言葉が滅茶苦茶多いので、今回も定義ばかりでつまらないかもしれません。

まず依存領域(domain of dependence)を定義します。

[定義:未来の依存領域(domain of dependence)]
$S$を非時間的な閉集合とする。点$ p \in M $を通る全ての過去向きの延長不可能な因果的曲線が$S$と交わるような点$p$全体の集合を、$S$に対する未来の依存領域と呼び、$D^{+}(S)$で表す。(未来のCauchy発展(future Cauchy development)とも言われる)
過去の依存領域も同様に定義する。

ここでさらに延長不可能という概念が新しく出てくるので、それを定義するために曲線に対し端点または終点(endpoint)を定義します。

[定義:因果的曲線の端点(endpoint)]
点$ p \in M $が未来向きの連続な因果的曲線$\gamma : \mathbb{R} \ni \lambda \mapsto M $の端点であるとは、$p$の任意の開近傍$O$に対し、適当な$ \lambda_{0} $を選べば全ての$\lambda >\lambda_{0}$に対して$\gamma(\lambda)$が$O$に含まれることをいう。

端点を持たない未来向きの連続な因果的曲線を、未来向きに延長不可能な因果的曲線(future-directed inextendible curve)といい、延長不可能な因果的曲線は完備でないことが特異点に向かう因果的曲線の特徴です。
過去向きに対しても同様に定義します。
延長不可能の言葉からは少し解りにくいですが、曲線が時空内に端点を持つならば、その点から新しく曲線を繋いでいけるので延長可能と言われます。

※依存領域について
・定義から$S \subset D^{+}(S) \subset J^{+}(S)$. $D^{+}(S) \cap I^{-}(S) = \emptyset$ 
全依存領域を、$D(S) := D^{+}(S)\cup D^{-}(S)$で定義する。

依存領域を用いてさらにCauchy地平面(Cauchy horizon)というものを定義します。(そろそろ定義ばっかりで飽きてきますよね)

[定義:未来のCauchy地平面(future Cauchy horizon)]
$H^{+}(S) := \overline{D^{+}(S)} \backslash I^{-}(D^{+}(S))$
過去のCauchy地平面も同様。

非時間的超曲面$S$の端点edge$(S)$を次で定義します。
$ q\in \overline{S}$の任意の近傍$U$に対して、$ p \in I^{-}(q,U), r \in I^{+}(r,U) $であるような2点を結びつけることができ、かつ$S$とは交点を持たないような時間的曲線が$U$に含まれているとき、そのような点$q$全体の集合を$S$の端点といい、edge$(S)$で表す。

ここで特異点定理の証明に必要な重要な命題を紹介しておきます。

[命題]
$S$を非時間的閉集合とし、$S$に対するCauchy地平面$H^{+}(S)$が存在するとする。
このとき$H^{+}(S)$上の任意の点を通る光的測地線は$H^{+}(S)$から外れることなく過去向きに延長不可能であるか、終点を持つとすればedge$(S)$に持つ。

この命題の証明はまあまあ長い上に、またまた新たな概念を導入しないといけない為、今後機会があればそのときに証明したいと思います。

さあここまで行ってようやっと大域的双曲性の話です。

大域的双曲性の定義自体は前回にしましたが、これから紹介する同値な定義の方がよく見る気がします。

まず端点を持たない空間的かつ非因果的(要はその上の異なる2点を結ぶ因果的曲線が存在しない)超曲面$ Σ \subset M $を$ M $の準Cauchy面(partial Cauchy Surface)といいます。
このとき、

[定義:大域的双曲性(global hyperbolicity)]
$ M $が大域的双曲的である
: $\iff$ $ M $が強い因果律条件を満たし、
$\forall p,q \in M, J^{+}(p) \cap J^{-}(q) \subset M $がコンパクト
$\iff$ $ M $の準Cauhcy面$Σ$で、$ D(Σ)=M $となるものが存在する。
このとき$Σ$を$ M $のCauchy面という。

1段目のが前回の定義で、2段目が準Cauchy面による定義です。
定義から全依存領域$ D(Σ) $は大域的双曲です。

ここまで数学の話ばっかりでしたが物理的な意味も解説しておきます。
*依存領域とは、ある初期面$ S $をとったとき、その面で与えられた情報から時間発展を決定できる領域を表します。
*Cauchy地平面はそのような領域の境界にあたるので、その領域を超えた部分に関しては初期面の情報からだけから決定できません。
*大域的双曲性は、考えてる時空の時間発展がある初期面の情報だけから完全に決定できるという条件、すなわち初期値問題(Cauchy問題)を良設定とする条件になっています。
ニュートン力学だと当たり前かのように思うかもしれませんが、一般相対論では大域的双曲性をもたない解は普通に存在していて(例えばAdS時空)、そのような時空では初期条件から運動を決定することが必ずしもできるわけではなく、奇妙なことが起こります。

大域的双曲性に関する次の定理

[定理]
$ M $が大域的双曲であれば、$ \forall p,q \in M $に対し
$C(p,q) := ${p,qを結ぶ未来向き因果的曲線全体の集合}
はコンパクト集合

と、
・因果的曲線の弧長が$C(p,q)$上で上半連続な関数となる。
・コンパクト空間の上半連続関数には最大値が存在する。
ということを使うと次のことが言えます。

[定理]
$ M $を大域的双曲な時空とすると、任意の2点$ p,q \in M , q \in J^{+}(p)$に対し、$p,q$を結ぶ弧長が最長となる因果的曲線$\gamma$が必ず存在し、それは因果的測地線である。

AdS時空は大域的双曲性が破れた時空の例で、因果的関係にある2点間の距離の最大値を与える測地線が存在しない、あるいは最大値そのものが存在しないということが起こり得ます。

次回はCauchy地平面に関する定理をひとつ証明できればいいかなと思ってます。(この辺りの内容は言葉だけだと感覚が掴みにくいのでほんとは図とか載せたいので気が向いたら書きます)